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セブンチョーク 

ミニマリスト 旅 日記  by チャコペン

止まっていた時が動き出す

あけましておめでとうございます。昨年は大変お世話になりました。

実家に帰省中のチャコペンです。お正月そうそうに書く内容でもありませんが、京都は盆地だから夏暑くて冬寒いとよく聞きますが、同時に横浜と京都にいるわけではないので、京都が寒いときは横浜だって寒いし、その逆もしかりで、大して変わらないでしょ!と思っていました。しかし京都で朝目覚めると、あたりを冷気が漂い、蛇口をひねると手が凍てつくほどの水が出てきます。横浜はこれほどだったかなと、薄々勘付いていましたが、帰省して確信しました。それは、よく言われる京都の寒さは本物だということです。横浜、そんなに寒くないです。

前置きが長くなりましたが、5年ぶりに年末年始をゆったり過ごせているので、タイトル「止まっていた時が動き出す」について書きます。BGMはケツメイシ*ライフイズビューティフル【Lyrics】 - YouTube と トレイン(PV) ケツメイシ - YouTubeでお願い致します。

 

なぜ、年末年始をゆったり過ごせているのが5年ぶりなのか。
それは、合格までに平均4回とされる試験に4回目である昨年、運よく合格することができたからだ。丸1年準備したがまだまだ力不足で臨んだ1回目の試験は当然に落ち、まだ力不足は否めないが勢いと自信があった2回目でも落ちてこの試験の本当の難しさを理解した。さらに盤石で臨んだ3回目の試験でも落ち、そして恋人を失い心も壊して勉強に逃げた4回目だった。結局この4年間、年末年始もゴールデンウィークもお盆もシルバーウィークも平日も土日も祝日も、ほぼずっと勉強していた。勉強しながら年を越し、また元旦から勉強。前進も後退もできず同じことの繰り返しだった。

それでも、ある年の試験後には極東ロシアに旅に出たりもしたが、結局ウラジオストックのカフェでテキストを読んでいた。またある年にはバックパックで九州を縦断したが、テキスト類が重く肩にのしかかっていた。

合格した昨年は、試験前からこの世界が自分に花道を作ってくれているように思えた。受験番号が1123でなんとなく縁起が良さそうと思ったり、スーパー銭湯に行ったら風呂の日で安かったり、少し疎遠になった友達から連絡をもらえたり。些細なことだが、全てが花道のように思えた。

また、この試験を応援してくれる人がいた。初受験から周りの人はずっと応援してくれていた。だが、僕はどうしようもないひねくれた人間だったので、正直、1回目と2回目の時は応援なんてどうでもよくて、何も響いてなかった。どうせ他人事、口だけ、社交辞令とさえ思っていた。出張で島根に行った際に出雲大社で絵馬まで書いてくれた人もいたのにだ。しかし3回目の時に、職場の先に合格して退職した元受験仲間がお守り入りの手紙を送ってくれた。これは本当に全米が涙するような手紙だった。試験に落ちた時は、ひどく裏切ってしまったように感じて後ろめたい気持ちになった。そして4回目にもこんなクズ人間を見捨てないで応援してくれて、ようやく気付くことができた。いや、3回目にはもう気付いていたのかもしれない。ここまで来ると些細な言葉や気遣いが嬉しくて、応援が本当にありがたかった。この試験の合格は自分の願いでもあり、もうみんなの願いにもなっている。だから応援にこたえる義務があり、裏切ってはいけない、自分だけのものではなくなっている。・・・変にプレッシャーを感じていたわけではないが、合格こそがなによりの恩返しだと思っていた。

そして迎えた4回目の本試験日。予期せぬことが起きた。事前に予備校の模試で、試験中の時間配分は当然のこととして、昼休みに何を食べ、チョコを何粒食べるのかすら準備していた。しかし、毎年昼休みに飲んでいた栄養ドリンクだけは本試験日だけだった。これを飲んだ直後に、急にお腹が張ってきてしまったのだ。午後の試験時間は3時間あるが、大抵は終了間際に書き終えるか、もしくは書ききれないのがこの試験だ。トイレに行こうものなら確実に書き終わらない。僕自身、予備校の答練、模試そして本試験含めてトイレに行ったことはなかった。次第にお腹が痛くなってきて、冷や汗ダラダラで問題もろくに読まずに解答し続け1時間経過したところで、我慢の限界を感じトイレに駆け込んだ。案の定、答案用紙を埋めることができずに試験は終了した。結果は、逆に研ぎ澄まされたのか高得点で合格できたのだが、もうダメだと思ったとき、悔しいよりも、応援してくれたみんなに本当に申し訳なく思った。

余談だが、大宰府、北野、湯島等々お守りだけなら東大に合格できるんじゃないかという布陣で臨んだ3回目は見事に落ちた。また、2回目の時は恋人が大宰府でお守りを買ってきてくれ、3回目の時は姉が大宰府で買ってきてくれ、4回目は自ら大宰府で買ってきて合格することができた。

今ようやく自分で自分をほめてあげたいと思う。本当によく頑張った。20代後半をほとんど勉強で使ってしまったが、きっと世界一周をしていなかったらここまで耐えられなかっただろう。その反動もあって京都に移り住んだのだとも思う。

こうしてやっとスタートラインに立つことができた。これからが人生の本舞台だ。
いよいよ今年は出発の年。次の30年へ。

みなさま、本年もよろしくお願い申し上げます。

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